今回は肩の前方の痛み「腱板疎部損傷(けんばんそぶそんしょう)」について書いていきます。
腱板疎部損傷は、デットリフトの動作中(重量物挙上時)や、ベンチプレスのボトムポジション、スクワットのバーの担ぎなどで「肩の前側が痛い」といったことが主症状で見られます。
その中でも
・体が硬いと自覚症状がある
・肩に脱臼歴や怪我歴がある
・猫背姿勢などの姿勢不良である
という特徴があれば、疑いも強くなります。
腱板疎部損傷は、放置で改善することは少ないので、
・腱板疎部損傷とは何か?
・年齢差で起こりやすい症状の違い
・改善のために必要なリハビリ
これらの順に書いていきます。
肩関節前上方の痛み 腱板疎部損傷とは?
肩関節の構造は、回旋筋腱板(インナーマッスル)と言われる「棘上筋」「棘下筋」「小円筋」「肩甲下筋」に囲われます。
ですが、一箇所(肩関節前上方)だけが腱板に囲われておらず、この場所を「腱板疎部」と呼びます。
腱板疎部は腱板が無い代わりに、「烏口上腕靭帯」が隙間を埋めるように走行しています。
肩関節は、関節の安定を筋肉と靭帯に依存しているので、これらが囲い込むことでぶら下がっている上腕骨が安定します。
ですが、「高重量のデットリフト」や「ベンチプレスのボトムポジション」などの、何らかの原因によって、腱板疎部に炎症反応などが起こることを「腱板疎部損傷」と言います。
主症状は
・肩前上方(腱板疎部)の痛み
・肩の可動域制限
・肩が抜けるような不安定感
などが見られます。
症状の中でも「年齢差」が大きく見られるので、それらを見ていきます。
年齢差で起こりやすい症状の違い
腱板疎部損傷は大きく2種類に分けることができ、
①拘縮型(30代後半〜50歳前半に多い)
②不安定型 (若年者に多い)
年齢差と共に症状に少し違いが出ます。
まずは「拘縮型」から見ていきます。
腱板疎部損傷 拘縮型
拘縮型は、腱板疎部に炎症が起きると肩関節まで影響を及ぼし、様々な組織が「癒着」を起こします。
いわゆる「五十肩」にも腱板疎部損傷は含まれていて、「肩が痛みで挙がらない」は癒着による症状のことも多いです。
癒着の主な原因は「腱板疎部の炎症」ですが、それにより肩関節を包んでいる関節包や滑膜にも炎症反応が繋がり、「炎症の慢性化」と「伸張性の低下」が起こります。
炎症の慢性化が起こると修復過程が乱れたり、元の状態に戻れなくなります。
(火傷した皮膚をイメージ)
拘縮型が比較的年齢層の高い方に多い理由として、そもそも加齢による組織の柔軟性低下も考えられます。
そこに炎症の慢性化が加わることで、更に腱板疎部を含む、肩関節全体の動きが悪くなる悪循環が生まれます。
次に「不安定型」を見ていきます。
腱板疎部損傷 不安定型
不安定型は若年層に多く、脱臼歴(関節の緩さ)やスポーツ歴にも左右されやすく、腱板疎部に「伸張ストレス」が加わると、痛みを感じることが多く見られます。
伸張ストレスが加わりやすいトレーニングは、
・ベンチプレスのボトムポジション
・高重量のデットリフト挙上時
などが挙げられ、痛みを我慢しすぎると「拘縮型」に移行することもあるので注意が必要です。
伸張ストレスで腱板疎部を痛める原因として「上腕骨頭の前方偏位」が考えられます。
肩関節は肩甲骨と上腕骨が関節を作りますが、本来の位置より前方に偏位したものを「上腕骨の前方偏位」と言います。
上腕骨頭の前方偏位の原因として多いのが「組織の短縮」で起こり、ここでの組織は筋や関節包などを指し、「短縮」とは、組織の柔軟性が低下して硬くなった状態です。
組織の短縮には種類があり、
・肩前方組織の短縮
・肩後方組織の短縮
といったように、肩の前後どちらかに短縮があれば「上腕骨頭の前方偏位」が起こりやすくなります。
短縮を起こしやすい主な筋肉を見ていきます。
【肩前方組織の短縮となる主な原因筋】
①大胸筋
②前鋸筋
③肩甲下筋
【肩後方組織の短縮となる主な原因筋】
①棘下筋
②小円筋
③三角筋後部
④後方関節包
このように骨頭が前方偏位することで、本来の位置から肩関節がズレた状態になるので、腱板疎部にかかる負担(伸張ストレス)が大きくなります。
実際に自分自身が「どちらの短縮か?」を自分で判別するのは難しいのですが、伸張ストレスの原因となる「関節の緩さ(不安定性)」を検査することは出来ます。
検査方法は「2種類のサルカスサイン」を用います。(本来は2人1組で出来ることが理想)
見本ではダンベルを使用
(A)肩内旋位で行う方法
①検査する側の肩を内旋位にする
②内旋位のまま、動かないものを掴む(高重量のダンベルでも可)
③腕が下に引っ張られる形を作る(不安定性を検査)
④腱板疎部に痛みや、肩が抜ける感覚があるか確認
(B)肩外旋位で行う方法
①検査する側の肩を外旋位にする
(以下同じ方法)
(A)内旋位で腱板疎部に痛みや、肩が抜ける感覚があり、(B)外旋では症状が出ないのであれば、肩の不安定性が出ている可能性が非常に高くなります。
肩の姿勢によって変化が出る理由は、肩を外旋位にすることで上腕二頭筋長頭腱などが緊張することで、骨頭が安定します。
詳細はこちらの動画で見てもらえると理解しやすいと思います。
【インクラインカール】太い腕は作れないけど肩の痛みを改善するフォームと理由【上腕二頭筋】
1つ注意点が「サルカスサイン」だけでは腱板疎部損傷と確定診断できないので、疑いがある場合は整形外科等の医療機関を受信し、画像診断などを用いて診断を受けることが大切です。
その上で不安定に対しての改善方法や、短縮に対してのストレッチ方法を紹介します。
腱板疎部損傷に対するストレッチ方法
腱板疎部損傷自体は炎症反応が起きているので、基本的には「強い痛み」が引くまでは安静が良いです。
その中でも「拘縮型」は手術する例もあるので、必ず診断と経過をドクターと共に追って下さい。
若年者に多い「不安定型」で、上腕骨頭の前方偏位が、筋や関節包の短縮で起こっている場合にはストレッチが有効なケースがあります。
「前方短縮」と「後方短縮」に分けて紹介していきます。
前方短縮に有効な2種類のストレッチ
・大胸筋ストレッチ
①肩を90°真横に挙げて、肘も90°曲げる
②挙げた腕を動かない壁や柱に付け、ストレッチする側の反対の足を前に出す。
③前に出した足に体重を乗せるように、体全体を前に倒す。
大胸筋に伸張を感じると20秒キープする。
・前鋸筋ストレッチ
①柱の横に立ち、肘を90°曲げ、手のひらを柱の方に向ける
②柱に手を当て、柱側の足を前に出す
③柱側に倒れかかるように体重をかける(腰の後ろを肘が通るイメージ)
④脇下〜脇の後ろに伸びている感覚があれば20秒キープ
後方短縮に有効な2種類のストレッチ
・クロスアームストレッチ
①ストレッチする側の腕を反対腕の方向に動かす
②反対の手で肘の上を掴む(ストレッチする側の腕は小指を上に向ける)
③肘の上を掴んだ手で矢印方向(右肩を離す+少し体に近付ける)に引っ張る
④肩後方に伸びている感覚があれば20秒キープ
小指を上に向ける理由は、棘下筋、小円筋、三角筋後部は「肩関節外旋」の作用を持つので、小指を上に向ける動き(肩関節内旋)を入れることで、効率よくストレッチすることが出来ます。
※指を上に向けて肩に痛みがある場合、無理に向ける必要はりありません。
・スリーパーストレッチ
①ストレッチする側の腕を下に横向きに寝る
②肘を90°曲げる
③ストレッチする側の手の甲に反対の手のひらで合わせる
④地面に近付けるように反対の手でゆっくりと押す
肩後方に伸びている感覚があれば20秒キープ
スリーパーストレッチは姿勢的に痛みが出るときもあるので、その場合はクロスアームストレッチのみで良いです。
2種類のストレッチでも痛い場合は道具を使ってもらうほうが良いので、下記動画の4:30~を参考に行って下さい。
※体が硬いと自覚症状がある方は動画の通りで良いので、一通りやることをオススメします、
肩の前側の痛み「腱板疎部損傷」 まとめ
以上が腱板疎部損傷の原因と改善方法になります。
腱板損傷の原因の1つとして「上腕骨頭の前方偏位」を挙げましたが、偏位を起こすことで「肩インピンジメント症候群」のリスクも高くなります。
つまりは、肩全般の怪我を防ぐには、適切な可動域を保つことができる柔軟性が必要で、「痛くなってから対処する」では遅いと言えます。
普段のトレーニングから、違和感や痛みを我慢したり、ストレッチ等はめんどくさいからやらないなど、体の悲鳴を無視しないようにしてください。
そしてストレッチ以外にも「不安定型」の「肩が抜けるような感覚」があれば、肩を支えるインナーマッスルを中心に強化する必要があります。
方法は下記に紹介しておりますので、抜けそうな場合は不安感のある方向にストレッチは辞めて、トレーニングしてもらうことをオススメします。
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